カワウソ祭です!
突然ですが、人生にライバル(強敵と書いて友と読むヤツ)はいますか?
古くからあらゆる物語で描かれてきた関係ですが、リアルにそんな人を見つけるのはなかなか難しいのではないでしょうか。
「こいつは永遠のライバルだ」と思える友人がいると人生にどのようなことが起こるのか、カワウソの長い戦いのお話です。
今回のお話|ライバル転校生ケイちゃんの話
カワウソは文化資本の乏しい町で偏屈な十代を過ごし、あらゆるカルチャーに飢えた日々を送りました。 今ほどインターネットも発達しておらず、自転車で1時間かかる大きな本屋や、電車で行く映画館が情報源の全て。 お小遣いも少なく、本屋で4時間立ち読みしては追い出され、それでもめげずに毎月めぼしい雑誌を端から端まで読む。 そこまでするほど情報に飢えた人も周囲におらず、友達もあまり付き合ってくれない……。 そうした時期にカワウソの暮らすMADなシティへ引っ越してきて、同じクラスになったのがケイちゃんでした。 |
話したいことを好きなだけ話せる友達
ケイちゃんは同い年の割に大人びていて、持ち物もこだわりがある感じ。
ベラベラお喋りするタイプではないのに、話すことは的を射ていて面白いのです。
初対面の記憶はないのですが、仲良くなったきっかけは覚えています。
ある日、授業中にケイちゃんから手紙が回ってきて、開くと「山崎まさよし好き?」と書いてありました。
カワウソはシンガーソングライターならスガシカオ派です。
でも、はじめて山崎まさよしとスガシカオを比較して話せる友達ができました。
小説、音楽、漫画、映画と、好みは全部少しずれるものの、ケイちゃんとは何の話でもできます。
お互いにマニア気質だったので、べったりと一緒に過ごしながら色々な情報を交換し、張り合うようになりました。
でも常に、ケイちゃんの方がちょっと良い趣味をしているのです。
また、ケイちゃんは学業でもカワウソと得意分野が重なっていました。
でもカワウソよりずっと頭が良く、多少こちらに分があると思っているものでも、点数がつくものは大抵負けてしまいます。
これまで誰かに対して「自分よりすごいな」と思ったことがなかった生意気なカワウソに、全てにおいて少し優れた強敵、親友という名のライバルが現れたのでした。
ある日、カワウソは澁澤龍彦のエッセイ集『快楽主義の哲学(文春文庫)』を読んで、大変な衝撃を受けました。
内容紹介を引用すると “流行を追わず、一匹狼も辞さず、世間の誤解も恐れず、精神の貴族たれ。人並みの凡庸(ぼんよう)でなく孤高の異端(いたん)たれ” というもの。
「なんてカッコいいんだ……」と震えたカワウソは、すぐにケイちゃんへ本を貸しました。
しかし、ふたりで何冊も続けていた交換ノートへ書きつけられた感想は「私はちっとも共感しない」というもの。
自分にとって最高に面白いと感じられたものが、身近で親しい人に全く響かないという初めての経験でした。
「私たちは全然似てないね」というケイちゃんの言葉に頷きつつ、カワウソは「きっと360°違うんだよ」と返したのを覚えています。
「それじゃ一緒じゃん」と突っ込まれ、完全に違うから、一周回って同じ方向を見られるんだと思うよと説明しました。
ライバルとして(勝手に)張り合う日々
インターネットが普及し始めたころ、カワウソとケイちゃん宅もPCを導入しました。
お互いにどっぷりハマり、当時流行だった日記サイトを開設して、毎日ネット上でも顔を合わせるようになりました。
日記サイトでも「どちらの文章が面白いか」と張り合ううち、自分たち以外の読者がちびちびと増え、カワウソは全国に年齢も所属もバラバラな友達を沢山作ることができました。
ケイちゃんの文章は大勢にウケるタイプではないものの、少数精鋭の深いファンが付きました。
どちらが良いとも言えませんが、来訪者カウンターの数はカワウソの勝ち。
これまでほぼ負け続けのカワウソに、1ポイント入ったと感じました。
受験シーズンになり、カワウソが志望校に合格したころ、ケイちゃんはしれっと地域最難関の学校に進学。
うーん、ケイちゃんに1ポイントです。
それぞれ進学先が違っても、ネット上での交流は続きます。
やはり心の中ではライバルなので、定期的にケイちゃんの近況を確認する日々が始まりました。
ケイちゃんが夜中に家を抜け出し、恋人と一晩中電話しているころ、カワウソは友達と河原でギターを弾いて歌い、そのまま川に飛び込んでいました。これは引き分けか?
カワウソが次の進学先でグレて、眉毛を全部剃って周囲を威嚇していたころ、ケイちゃんも大学を中退して伝統工芸系の専門学校に再入学。これはケイちゃんの方がかっこいいので1ポイント。
ケイちゃんが専門学校を出て遠方で弟子入りした頃、カワウソは小さくも面白い会社にポテンシャルだけで入社。
迷いますが、1ポイントもらっていいんじゃないでしょうか。
カワウソが深夜に恋人の呼び出しに応じるタクシーの中で「別れたろ」と腹を決めていたころ、ケイちゃんは恋人と結婚したいと両親に訴え、まだ若いんだから落ち着けと諭されていました。
ケイちゃんの方がエモいので1ポイント……。
ポイントを付けられない勝負
それぞれの人生に様々な変化が訪れるのと同じく、インターネットにも様々な流行と変化が訪れます。
日記サイトはブログに、そしてSNSが主流になってゆき、かつてのように日記を頻繁に書くこともなくなりました。
SNSを適当に使うだけになったカワウソと違い、ケイちゃんは途切れながらもコツコツと相変わらず面白い文章でブログを更新し続けていました。
ケイちゃんはかつての恋人と無事結婚。
子供を産み育て、夫の全国転勤に付き添いながら、専業主婦として頑張っています。
カワウソは地元を離れ、東京で仕事と遊びに精を出し、結婚して、何とか楽しくやっています。
文章でお金をもらう機会も増えてきました。
これは引き分け……でしょうか。やっぱりケイちゃんの方が偉い気がします。
人生のルートが別れて長く経ち、もはや何をもって勝ち負けとするのか比べる基準もないのに、やっぱりケイちゃんに負けたくありません。
しかしある日、カワウソは久しぶりに更新されたケイちゃんのブログを見てギョッとしました。
なんでもハイキャリアな子持ちの女友達と話して、すごく落ち込んだというのです。
これまできっちりキャリアを積んできた友達は「今更何の責任も求められない仕事をするのはつまらない」と言う。
自分は会社勤めをしたことがないので、今から、もしくはいずれ探せる仕事はパートタイマーなどだろう。
彼女の言う「責任のないつまらない仕事」だ。
これまでの生き方に後悔はないけれど、自分は働きながら子育てもする「すごいママ」ではない。
それでも誰かに認められたい、労われたいと思う。……そういう内容でした。
カワウソは友人としてではなく、ライバルとしてケイちゃんを見ています。
ライバルとして、彼女がつまらなくなった、決定的にポイント差がついて勝ったと思えたことは一度もありません。
むしろ、常にカワウソより優秀だと感じているのです。
それなのに、なんでちょっと、何かに負けたみたいなことを書くのでしょう。
カワウソのライバル、大切な勝負相手を、一体誰がリングから降ろしたのでしょう?
人生のリングを降りる、または降ろされる日
ケイちゃんをまるでリング外の存在になったかのように落ち込ませた相手、もしそれが社会というものなら、その胸ぐらを掴んで怒りたいところです。
かつてカワウソたちが書きためていた日記のログは、多分もうどこにも残っていません。
でも人生が続く限り、絶えることなく何かしらの出来事が起こって、それに何かを感じ、何か行動をとっていくわけです。
それはカワウソにとって全部ケイちゃんとの勝負です。
ケイちゃんがカワウソをどう思っているのかは知りませんが。
カワウソは今後も勝手にケイちゃんの近況をチェックし、張り合っていくつもりです。
その基準に、世の中へ転がっている「配偶者のスペックは」「世帯収入は」「家を買った場所は」「ワーママかどうか」「子供の有無は」「子供の進学は」といった物差しをあてがうつもりはありません。
誰かにその物差しをもって勝手にどちらかへ勝敗を付けられ、リングから降ろされるいわれもありません。
どちらがより面白いものや人を発見し、関わり、知識を取り入れ、自分の人生に反映しているか。
そういう比べっこを一生やりたいだけなのです。
子育ての最中、または終わった頃、いつなんどきでもケイちゃんは面白いはずです。
いつか老人になった彼女がイケているであろうことは目に見えています。
カワウソも今からよりイケてる老人になる準備、つまり面白い人生を送っていく必要があります。
ついでにこの大切な勝負を邪魔するものは、可及的速やかに我々の側から追い払えるよう、パワーをつけていく必要も感じているのです。
(カワウソ祭/ライター)
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